武器を生かそうと俳優を目指してオーディションを受けたが

私は、男性、26歳、現在は営業職として働いておりますサラリーマンです。

 

大学時代、私はワタナベエンターテイメントカレッジに俳優部門としてオーディションを受け、合格しました。

オーディション

その具体的ないきさつや経緯について述べさせていただきます。

 

大学時代、サークル活動としてバスケをットサークルに所属しておりました。

 

大学の友達は、体をスポーツももちろんですが、そのほかに個人的に趣味を持っておりました。

 

それぞれが趣味に向かって、夢中に大学生活を送っておりました。

 

それに比べ、私はスポーツ以外に自慢できるような趣味を見つけることができずに、アルバイト生活を送りながら大学生活を送っておりました。

 

ある日、母から、1本の電話がありました。

 

それは、俳優の養成学校の募集があるという記事でした。

 

母は、私の外見に自信を持っており、よく言えば小栗旬に似ているとよく言っておりました。

 

趣味に悩んでいた私でしたが、一度その養成学校のオーディションを受けてみようと決意しました。

 

趣味を見つけながら、趣味でお金を稼ぎたい。

 

そんな趣味を探していた私にとって、テレビに出るということはギャラがもらえる。

 

その中で、また新しい出会いもあり、人脈も広がるため、良い経験になると考えたのです。

 

実際に、大学の友達でも、テレビや雑誌の仕事をしながら、大学に通う人もおり、そのようにして大学生活を充実させようとビジョンが見えるようになってきました。

 

まずは、書類審査と写真審査で、私も冗談半分で応募しましたが、合格し、次は東京にてオーディションがあるといわれたため、現地に行きました。

 

滋賀県からですので、遠方でしたが、将来を見据え、行きました。

 

大勢の前で、一人ひとり自己紹介やパフォーマンスをしていると、自分と周りの空気感の誓いに驚きました。

 

周りは、フリーターでアルバイトでお金を稼ぎながら、俳優や雑誌のモデルになることを夢に見ている方ばかりでした。

 

一方で、私は、大学に通いながら、テレビやモデルができ、お金を稼げればいいかという甘い気持ちで参加しておりました。

 

オーディションは、緊張しましたが、それ以上に生半可な気持ちで参加している自分を責める気持ちのほうが強かったです。

 

その日が終わり、私は周りより熱意もパフォーマンスも低かったので、不合格の気持ちでいましたが、通知が実家に届き、合格でした。

 

そのオーディションは1万人受けた中の10人のみ合格するものでした。

 

非常にうれしかったですが、大学とスクールを兼用することはできず、断りました。

 

断るときも、私は審査員の方に非常に申し訳ない気持ちでいっぱいで、何度も謝りました。

 

オーディションに限らず、物事に取り組むときは生半可な気持ちでするのではなく、一生懸命すべきと学びました。